東京高等裁判所 平成11年(行ケ)389号 判決 2000年7月25日
原告
株式会社渡辺製作所
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁護士
増岡章三
増岡研介
片山哲章
弁理士
【B】
【C】
【D】
【E】
被告
特許庁長官【F】
指定代理人
【G】
【H】
【I】
【J】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
「特許庁が平成10年審判第4080号事件について平成11年10月15日にした審决を取り消す。」との判決。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成8年5月31日、意匠に係る物品を「ゲルダンパー」とし、その形態を別紙本願意匠図面のとおりとする意匠(本願意匠)につき意匠登録出願をし(意願平8-15940号)、平成9年12月26日、拒絶査定があったので、平成10年3月17日審判を請求したが(平成10年審判第4080号)、平成11年10月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同月30日原告に送達された。
2 審決の理由の要点
(1) 引用意匠
本願意匠が類似するとして審査において拒絶理由に引用した意匠は、本件出願前の平成7年7月14日に発行された意匠公報に所載の登録第929842号意匠であって、意匠に係る物品が「オイルダンバー」、その形態が別紙引用意匠図面に示されるとおりのものである。
(2) 対比
本願意匠と引用意匠を比較すると、両意匠は、意匠に係る物品が一致し、その形態については、主として以下の共通点と差異点が認められる。
すなわち、まず共通点について、(1)全体が、略短円柱状のケース部の周側面の下端の対向部位に変形板体状のブラケットを外方に向かって水平状に突設し、ケース部の上側にケースよりわずかに短径の略円板状の歯車ベースを同心状に取り付け、その上側に最大径がベースよりわずかに短径でやや背の高い歯車を同心状に突設した基本的な態様のものである点、各部の具体的な態様において、(2)ケース部の短円柱状のプロポーションにつき、直径が高さの略4倍である点、(3)ベースの厚みが薄く、ベースと歯車を合わせた高さがケース部の高さとほぼ同高のものである点、(4)ブラケットにつき、左右のブラケットのケースの直径方向の各長さ、各厚さ及び各幅が近似し、さらに一方のブラケットの先端部分の輪郭が半円状を成し、その中心位置に小円孔を穿っており、他方のブラケットの先端部分が角丸コ字状の輪郭を成し、その先端直線部の中央に半円形の切り欠きを現している点、(5)歯車の本数及び二段重ね台形状の各形状がほぼ一致し、歯車の中心部に、上方視短辺を弧状に膨出させた横長方形状の軸体を現している点、(6)歯車ベースにつき、略円板状の対向周部を平行直線状に切り欠いている点、が認められる。
次いで、差異点について、各部の具体的な態様において、(イ)ケース部について、本願意匠は、底面部の周際にケース本体部とケース底部の境界が輪状に現れているのに対して、引用意匠は、同境界がケース部の周側面の上下中央よりやや下寄り位置に、水平線状に現れている点、(ロ)先端部分が半円状のブラケットの基部につき、本願意匠は、上方視裾広がり状を成しているのに対して、引用意匠は、平行状である点、(ハ)他方の、先端部分が角丸コ字状のブラケットにつき、本願意匠は、左右辺部に円弧状の切り欠きが設けられているのに対して、引用意匠には、その切り欠きがなく、平行線状である点、(ニ)歯車ベースの平行直線状切り欠きの部分に当たるケース部上面につき、本願意匠は、溝状であるのに対して、引用意匠は、平坦面状である点、(ホ)歯車の中心部分において、本願意匠は、平坦面状であるのに対して、引用意匠は、同心円状の浅い段落とし面を形成している点、が認められる。
(3) 類否判断
そこで、上記の共通点と差異点が両意匠の類否の判断に及ぼす影響について、以下に検討評価する。
まず、共通点について、(1)の点は、全体の基本的な構成態様であって、形態全体の基調を支配するものであるから、その影響は、極めて大きいというべきである。(2)及び(3)の点は、主要部のプロポーションの共通点であって、両意匠の近似感をもたらすものであり、その影響は、大きいというべきである。(4)の点は、ブラケットの形態の半分以上を占める態様の共通点であって、全体からみれば小さからぬ部分の共通点であって、その影響は、軽微以上のものというべきである。(5)の点は、主要部の具体的な形状の共通点であって、全体の中で相当に大きな面積を占め、視覚的に強く訴えるものであり、その影響は、かなり大きいというべきである。(6)の点は、さほど大きな部分の共通点ではないが、視覚上共通感をもたらしており、その影響は、相当なものである。
そうすると、上記共通点が両意匠の類否に及ぼす影響を総合的に判断すると、全体として、かなり大きいものと評価されるものである。
次いで、差異点について、(イ)の点は、構造上の違いとしてはそれなりの違いであるといえるものの、視覚的には目立たない単純な線の有無にすぎず、美感の観点からはさほどの評価のできないものであり、さらに両態様共に引用意匠の出願前から多くみられる態様であることをも考慮すると、この差異が本願意匠に特徴を与えているともいえず、その影響は、微弱にとどまるものである。(ロ)及び(ハ)の点は、この部分のみを比較すると確かに相当の差異といえるものの、ブラケット全体の中では、半分以下の部分の態様の差異にとどまり、さらに本件物品全体の中では、小さな部分に係るわずかの差異というべきであって、その影響は、軽微にとどまるものである。(ニ)の点は、いわれて初めて気付く程度の微差であって、これによって美感が大きく異なるというものではなく、細部の目立たない差異にすぎず、その影響は、微弱である。(ホ)の点は、共に極一般的な形態処理の方法であって、特に注意を惹くものでなく、その差異に係る本願意匠の態様が特徴的というものでもなく、その影響は、微弱である。
そうすると、総合的に判断すると、上記各差異点がまとまることによって相乗的な効果が付加されることを考慮したとしても、上記差異点の全体としてのその影響は、軽微以上のものとは認められないものである。
以上のとおりであって、共通点が差異点を凌駕することが明らかな両意匠は、結局類似するものというほかはない。
(4) 審決の結論
したがって、本願意匠は意匠法3条1項3号に該当し、意匠登録を受けることができないものである。
第3原告主張の審決取消事由
本願意匠と引用意匠との間の差異点から生じる影響と共通点から生じる影響を総合評価すると、共通点から生じる影響は微弱以上とは認められないのに、差異点から生じる影響は極めて大きいものと認められ、差異点が共通点を凌駕している両意匠は、結局類似しているとはいえない。審決はこの判断を誤ったものであり、取り消されるべきである。
1 共通点(1)について
本願意匠及び引用意匠に係る物品は広く回転ダンパーに属するが、回転ダンパーにおける機能的形態をみると、回転ダンパーは、歯車の軸に付属した羽根(制動板)とオイルやゲル等の制動充填材との間に生じる抵抗で歯車の回転を抑制し、もって、回転トルクを制動するものである。これには、歯車が必然的に存在し、かつ、前記羽根(制動板)の内蔵場所及び制動充填材の充填場所として、ケース部が不可欠であるところ、羽根(制動板)は回転運動を行うことから、結局、合理的かつ合目的的なケース部の形状は短円柱状となる。また、回転ダンパーを固定するためにはブラケットが欠かせないが、取付平面に密着安定させ固定するためには、ブラケットは、ケース部周側面の下端に、ケース部のない外方へ向かって、取付平面に対して水平状に取り付けることが必要である。したがって、(一)歯車がある点、(二)短円柱状のケース部がある点、(三)ケース部周側面の下端にブラケットがある点、及び(四)ブラケットが外方に向かって取付平面に対して水平状に突設している点は、いずれも、回転ダンパーの機能的形態である。
それゆえ、これら機能的形態(一)ないし(四)を審決認定の共通点(1)から捨象すると、①ブラケットが板状である点、②ブラケットが対向部位に設けられている点、③ケース部の上側にケースよりわずかに短径の略円板状の歯車ベースが同心状に取り付けられている点、④歯車の最大径がベースよりわずかに短径でやや背の高い形態である点だけが共通点として残る。
共通点①、②について述べると、ダンパー全体の印象は、抽象的にブラケットが取り付けられているということ自体というよりも、具体的にどのような形状のブラケットがどのように取り付けられているかということなしには決まらないから、その影響は「軽微」である。
次に、共通点③、④については、歯車ベース部が取り付けられていることによる側面における影響については、別途共通点(3)で言及されているから、ここでは、専ら平面における影響を検討すると、歯車ベースがある場合とない場合の外観に与える影響の差異は、歯車の最大径がベースよりわずかに短径であることから、結局、歯車の外周にベースの略円盤状の外周線が生じるかどうかという点にある。
審決は、ケース本体部と底部の境界が輪状に現れる位置の相違(差異点(イ))につき、「構造上の違いとしてはそれなりの違いであるといえるものの、視覚的には目立たない単純な線の有無にすぎず、美感の観点からはさほどの評価のできないもの」であるとし、その影響は「微弱」にとどまるものとしているが、共通点③と④により生じた、上記歯車の外周に生じたベースの略円板状の外周線は、「視覚的には目立たない単純な線の有無」という点で差異点(イ)と同じである。したがって、その影響も「微弱」にとどまる。
以上のとおり、共通点①ないし④の影響を総合して考慮すると、共通点(1)は軽微なものにとどまり、審決が判断したような「極めて大きい」影響はない。
2 共通点(2)及び(3)について
これらの共通点は、いずれも側面部分に関する形態であるところ、両意匠では、平面部分の面積が側面部分の面積を大きく上回るから、側面部分の意匠が、共通点(2)ケース部の短円柱状のプロポーションにつき、直径が高さの略4倍であるといった点や共通点(3)ベースと歯車を合わせた高さがケース部の高さとほぼ同高であるといった点程度のことでは、類否の判断に与える影響は弱い。したがって、本件におけるその影響は「大きい」とまではいえず、「軽微」にとどまる。
3 共通点(4)について
この共通点は「軽微以上」であるとした審決の判断は、左右ブラケットの各長さ、各厚さ、各幅のすべての要素が近似していることを前提としている。しかしながら、各部の具体的な態様において、審決が認定する差異点のほか、(ヘ)先端部分が半円状のブラケットの基端部の幅につき、本願意匠においては、基端部が底面に現れるケース本体部とケース底部の境界である輪状の周側面のほぼ接線面に上方視末広がり状を成している結果(別紙原告主張図面(a))、その幅は、ケース部の直径幅と近似しているのに対して、引用意匠においては、基端部がケース部外端からそれぞれ略4分の1の位置において平行状であるため(別紙原告主張図面(b))、その幅は、ケース部の直径幅の略2分の1である点、で異なる。
このように、両意匠は上記(へ)の差異点で左右ブラケットの各幅が大きく異なるから、その点を考慮した上での共通点(4)の影響度の評価としては、せいぜい「軽微」である。
4 共通点(5)について
審決は、歯の本数と形状がほぼ一致している旨指摘しているが、もともと、歯の本数に多少の違いがあっても、歯車の機能を全うする上で常識的な範囲内であり、極端に多かったり、あるいは、少なかったりしない限り、そのことによって看者に与える印象に全く違いはない。それにもかかわらず、殊更歯車の本数を共通点として挙げ、その影響を重視するのは、結局、回転トルクを制動する歯車があるというダンパーの機能的形態そのものが類否の判断に与える影響を重視するに等しい結果となり妥当ではない。
両意匠における歯車の本数を見ると、従来よりごく普通に知られた態様と比較して、極端に多いわけでも少ないわけでもなく、常識的な範囲内である。したがって、歯車の本数がほぼ一致しているという点が、類否の判断に及ぼす影響は、それが創作性を付加するものではなく、微弱なものというべきである。
審決は、歯車の二段重ね台形状である点がほぼ一致している旨指摘しているが、これは、インボリュート円周歯車における一般的な形態処理の方法である。にもかかわらず、殊更前記の歯形の形状を共通点として挙げ、その影響を重視するのは、結局、回転トルクを制動する歯車があるというダンパーの機能的形態そのものが類否の判断に与える影響を重視するに等しい結果となるから妥当ではない。一般的な形態処理の方法である以上、前記歯形の形状が類否の判断に及ぼす影響は、微弱なものといわざるを得ない。
回転トルクを制動する歯車の存在はダンパーの機能的形態であるから、ダンパーから歯車部分を捨象したその余の部分であるブラケット部分の具体的態様の相違がダンパー全体の美感に及ぼす影響の程度こそが意匠の類否の決め手となるのであり、歯車部分の態様の相違が決め手となるものではない。したがって、歯車部分のわずかな形態の差異にすぎない軸体(軸体に歯車を固着するための必然的な機能形態である。)の形状が類否の判断に及ぼす影響は、軽微以上のものではない。
以上のとおり、共通点(5)が両意匠の類否の判断に与える影響は、審決のように「かなり大きい」とは到底いえず、「軽微」にとどまるものというべきである。
5 共通点(6)について
回転トルクを制動するダンパーにおける類否の判断にあっては、ブラケット部分の差異が物品全体の印象に与える影響こそ重視されるべきであるから、共通点(6)は「微弱」なものにとどまる。
6 差異点について
(1) 審決認定の差異点(ハ)については、本願意匠では、左右辺部に円弧状の切り欠きが設けられているのに対して、引用意匠では、平行線状である点が差異点であるのは審決認定のとおりであるが、審決が「他方の、先端部分が角丸コ字状のブラケットにつき、」とした部分及び該ブラケットにおける差異点を審決が前記事項に限定している点は争う。本願意匠において、当該ブラケットの先端部分は角丸コ字状ではないので、「先端部分が半円状をなしていない方のブラケットにつき、」とするべきである。そして、該ブラケットの輪郭については、本願意匠では、左右辺部の円弧状の切り欠きにおける仮想の弦が上方視末広がり状を成した結果、小鳥の嘴状となっているのに対し、引用意匠では、平行線状であるため、全体として角丸コ字状となる点も差異点として挙げられるべきである。
以上を踏まえて差異点(ハ)を修正すると、(ハ)′先端部分が半円状を成していない方のブラケットにつき、本願意匠は、左右辺部に円弧状の切り欠きが設けられ、しかも、円弧における仮想の弦が上方視末広がり状を成し(別紙原告主張図面(a)参照)、先端直線部の中央の半円状の切り欠きと相俟って、全体として小鳥の嘴状となっているのに対し、引用意匠は、切り欠きがなく平行線状であるため(別紙原告主張図面(b)参照)、全体として角丸コ字状である点、となる。
(2) また、差異点は、前記(イ)、(ロ)、(ハ)′、(ニ)、(ホ)に尽きるものではなく、前記3で述べたような(へ)の点も認められることに留意すべきである。
(3) したがって、本願意匠では、先端部分が半円状のブラケットの基端部が、ケース本体部とケース底部の境界である輪状の周側面のほぼ接線面に上方視末広がり状を成している結果、ケース部の直径幅に近似した幅まで広がっていること(差異点(ロ)、(へ)参照)により、別紙原告主張図面(A)に見るように、先端部分が半円状のブラケット側については、ケース部と相俟って力強さや堂々たる安定感を与える一方、他方のブラケットについては、左右辺部に円弧状の切り抜きが設けられたことにより(前記差異点(ハ)′参照)、それ自体、いわば小鳥の嘴形ともいうべきユニークな曲線美を感じさせるとともに、切り抜き分だけ該ブラケットの面積を減少させていることから、先端部分が半円状のブラケット側の上記安定感を一層引き立たせると同時に、だるま人形のようなコミカルでかわいらしい感じを両立させている。そして更に、一方のブラケットが前記のような上方視末広がり状を成し(差異点(ロ)、(へ)参照)、他方のブラケットの左右辺部の円弧状の切り欠きにおける仮想の弦部分も上方視末広がり状をなす位置関係にあることにより(差異点(ハ)′参照)、ダンパーの輪郭に流麗なスマート感や方向感を醸し出している(別紙原告主張図面(a)参照)。このように本願意匠は、ダンパーとしての機能を何ら損なうことなく、看者の美感に訴える形態を成している。
(4) これに対し、引用意匠では、先端部分が半円状のブラケットの基端部が平行状で、しかも、ケース部の直径幅の略2分の1しかないため(差異点(ロ)、(へ)参照)、別紙原告主張図面(B)に見るように、本願意匠に見られるような力強さや堂々たる安定感は全くない。しかも、他方の先端部分が角丸コ字状のブラケットについても、左右辺部の円弧状の切り抜きがなく平行線状であり(差異点(ハ)′参照)、かつ、先端部分が半円状のブラケットと同じ幅であるため、本願意匠のように、ダンパーの輪郭に流麗なスマート感や方向感を醸し出すなどということはなく、専らブラケットを機能でしか考えていない形態である。
(5) したがって、別紙原告主張図面(A)(a)・(B)(b)を見て分かるように、差異点(ロ)、(ハ)′、(へ)だけで、その相乗的効果も相俟って形態全体の基調を支配する重大な差異であるから、全体としてのその影響は「極めて大きい」というほかはなく、差異点(イ)ないし(ホ)の全体としての影響を「軽微以上のものとは認められない」とした審決の判断は誤りである。
第4審決取消事由に対する被告の反論
1 共通点(1)の主張について
(1) 原告の主張は、捨象すべきでない態様を捨象して評価し、その類否に及ぼす影響を過小評価するものである。共通点(1)は、形態全体の骨格ないし根幹部を構成するものであって、その影響が極めて大きい。同旨の審決の判断は当然のものである。
(2) 原告主張の機能的形態(一)ないし(四)が機能的形態であるか否かは別とし、また機能的形態も類否判断上捨象すべきでないが、その歯車、ケース部、ブラケットのそれぞれについても、具体的にはその大きさ、形状、位置、及びこれらの組合せにも様々なものがあり得るのであって、その具体的な態様を捉えるべきである。原告の機能的形態とする点は、いまだ概念的観念的なもので、具体的態様からこれらの点を捨象する点も概念的操作であって、意匠の類否に持ち込むこと自体無理というべきである。
歯車といっても、その直径の違い、多様な歯の形状の可能性、厚さの選択、ベースの有無、大きさ、形状の違い、位置の違い、平板部の構成の違いなど様々な態様の選択が可能なのである。さらに歯車状でないものの採用も可能である。
ケース部についても、短円柱状に限られるものではない内部形状を短円柱状とするのは、技術的観点から合理的であるとはいえ、その外形については多様な形態の選択が可能である。
ブラケットについても、ケース部周側面の下端に取り付け、外方に向かって水平状に突設する方法に限られるものでなく、様々な方法態様が採用可能である。
そうすると、両意匠の各態様は、無限の選択範囲から特定の形態を任意に選択したものといって過言ではなく、意匠創作上の不可避の形態とは到底いえないものであり、審決認定の共通点である(1)全体の基本的な態様から原告主張の機能的形態を捨象して認定判断することはできない。
2 共通点(2)及び(3)の主張について
共通点(2)、(3)の点は、主要部の形態の具体的なプロポーションの共通点であって、審決がその影響が大きいとしたのに誤りはない。このプロポーションが相違すれば、視覚上大きく異なる形態を形成することとなり、類否に大きく影響を及ぼす。
3 共通点(4)の主張について
原告は、一方のブラケット基端寄り部分の幅の差異を殊更に強調して、原告主張の差異点(ヘ)を考慮すると共通点(4)が類否に及ぼす影響はせいぜい軽微なものであると主張する。しかし、審決は、この幅の差異を軽視しているのでなく、独立に差異点(ロ)において認定し、評価している。
4 共通点(5)の主張について
原告は、審決の共通点(5)のうちの歯車の本数と形状のみを捉えて、それが創作性を付加するものでないことから、微弱なものであると主張する。しかしながら、本願意匠の新規性を判断する場面において、共通する態様が創作性を付加するものでないか否かの判断はそもそも要しない。視覚に訴える美的効果を素直に計測すれば足り、視覚的に広い面積を占める場合は大きく、狭い面積を占める場合は小さく評価すればよい。
審決は、共通点(5)は、注視される位置にあって、かつ相当に大きい部分であることを前提に、軸体の共通態様と併せて類否に及ぼす影響を評価したもので、そこに誤りはない。
5 共通点(6)の主張について
共通点(6)の点は取付け時において正面に現れて視覚に強く訴える態様であり、しかも造形的に任意性の強い部分の形態処理であることを考慮すると、面積比以上の評価をするべきものであり、原告主張のような微弱なものではない。
また、審決は、ブラケットの態様の差異点については、別途項を起こしてその全体に及ぼす影響を評価しているのであって、この差異点を持ち出して、共通点(6)の評価を低めるべきではない。
6 差異点の主張について
(1) 原告は、審決における差異点(ロ)、(ハ)に該当する部分に係る本願意匠の態様について、感覚的な表現によって「看者の美感に訴える形態を成している。」と主張する。しかしながら、審決においては、この差異については端的に「この部分のみを比較すると確かに相当の差異といえる」として、十分に重視している。そして審決は、本願意匠のその態様は引用意匠のブラケット態様の一部変形にすぎないものと捉えて「ブラケット全体の中では、半分以下の部分の態様の差異にとどまり」とし、さらに「本件物品全体の中では小さな部分に係るわずかの差異というべき」と判断したものであり、この判断に誤りはない。
審決は明言していないが、意匠の類否判断においては、一般に中央にあって大きな容積を占め、主たる機能を担う本体部の態様が最も重視され、いわば脚部というべきブラケットの態様は、本体部よりも軽く判断されるものであるという常識の上に立って判断している。
なお、原告は、ブラケットの輪郭について、左右辺部の円弧状の切り欠きにおける仮想の弦が上方視末広がり状を成した結果、小鳥の嘴状となっていると主張するが、到底そのようには感得されない。したがって、差異点(ハ)′を認定すべきであるとの原告の主張は争う。
また、原告が差異点として挙げるべきであるとする「差異点(ヘ)」については、審決の差異点(ロ)において、本願意匠が「上方視裾広がり状」を成しているのに対し、引用意匠は「平行状」であると捉えて明確に差異点として認定しており、その幅の数値的な差異まで挙げる必要があるか否かはともかく、当該部位の審決の認定に看過はない。
(2) 先端が半円状を成すブラケットの本願意匠の態様は、造形的には、引用意匠の態様を基本としながら、その基端部分をわずかに斜め状に変形したにとどまるものであって、その差異は殊更に強調されるべきではない。
他方のブラケットの基部の小半円状切り欠きについても、全体からみれば小さい部分に係る態様であって、原告主張のような「流麗、スマート」と「機能でしか考えていない形態」とまでの差異ではない。
(3) 機能的形態部分を捨象して、従たる部分というべきブラケット部の態様の差異点を捉えて、「形態全体の基調を支配する重大な差異である」とする原告の主張は誤りであり、差異点全体を「軽微以上のものとは認められない」とした審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 共通点(1)に関する原告の主張について
(1) 原告は、広く回転ダンパーにおいては、(一)歯車がある点、(二)短円柱状のケース部がある点、(三)ケース部周側面の下端にブラケットがある点、及び(四)ブラケットが外方に向かって取付平面に対して水平状に突設している点は、いずれも、回転ダンパーの機能的形態であると主張する。
(2) しかしながら、乙第1号証(意匠登録第792948号公報)、第2号証(意匠登録第792086号公報)、第3号証(意匠登録第854243号公報)、第4号証(意匠登録第854243の類似2号公報)、第5号証(意匠登録第854243の類似3号公報)、第6号証(意匠登録第841872号公報)、第7号証(意匠登録第925573号公報)、第8号証(意匠登録第929848号公報)、第9号証(意匠登録第968295号公報)、第10号証(意匠登録第854243の類似1号公報)、第11号証(意匠登録第1000019号公報)、第12号証(意匠登録第1000015号公報)、第13号証(意匠登録第1026349号公報)、第14号証(意匠登録第1026349の類似1号公報)によれば、回転ダンパーにおける基本的な構成態様に関しても、歯車がない形態のもの、ケース部が存在しないもの、ブラケットが歯車の下側であっても隙間を空けて取り付けられている形態のもの、さらには、ブラケットが歯車の外側全体を囲んでいて、水平状に突設している形態ではないものなどが意匠として登録されていることが認められ、原告主張の(一)ないし(四)の形態が、回転ダンパーの当然に備えている機能的形態に属するものであると認めることはできない。
(3) 確かに、甲第10号証の1(実開昭59-88548号公報)、甲第10号証の2(特開昭61-24850号公報)、甲第10号証の3(実開昭60-79032号公報)、甲第10号証の4(実開昭61-133134号公報)、甲第10号証の5(実開昭62-106038号公報)、甲第10号証の6(特開昭59-222631号公報)、甲第10号証の7(実公昭59-101027号公報)によれば、回転ダンパーにおいて原告主張の(一)ないし(四)の形態が採用されている事例があることは認められるが、前記乙第1ないし第14号証によって認められる他の回転ダンパーの形態に照らしてみると、原告主張の(一)ないし(四)の形態が技術的観点から合理的な選択をした結果必然的に生じる典型的でありふれた形状であり、それ以外の形態が例外的なものであるということはできない。また、歯車、ケース部、ブラケットについても、それぞれの大きさや形状及びそれらの組合せや位置関係には、多種多様なものがあることも明らかである。
(4) したがって、審決が、「全体が、略短円柱状のケース部の周側面の下端の対向部位に変形板体状のブラケットを外方に向かって水平状に突設し、ケース部の上側にケースよりわずかに短径の略円板状の歯車ベースを同心状に取り付け、その上側に最大径がベースよりわずかに短径でやや背の高い歯車を同心状に突設した基本的な態様のものである点」を共通点(1)として認定した点に、原告主張の誤りがあるということはできず、原告主張の(一)ないし(四)の点を捨象して、(1)については、①ブラケットが板状である点、②ブラケットが対向部位に設けられている点、③ケース部の上側にケースよりわずかに短径の略円板状の歯車ベースが同心状に取り付けられている点、④歯車の最大径がベースよりわずかに短径でやや背の高い形態である点だけが共通点として残る、と主張する点も、その前提を欠く。そして、この主張を前提にして、共通点(1)は軽微なものにとどまるとする原告の主張も理由がなく、「(1)の点は、全体の基本的な構成態様であって、形態全体の基調を支配するものであるから、その影響は、極めて大きいというべきである。」とした審決の判断に、原告主張の誤りはない。
2 共通点(2)及び(3)に関する原告の主張について
原告は、本願意匠と引用意匠は共に平面部分の面積が側面部分の面積を大きく上回ることを理由に、共通点(2)及び(3)は類否の判断に与える影響が弱いと主張するが、これらの共通点は側面に関するものとはいえ、本願意匠については正面図、背面図として、引用意匠については平面図として、ともに意匠の内容となっており、重要な要素であることは明らかである。
したがって、「(2)及び(3)の点は、主要部のプロポーションの共通点であって、両意匠の近似感をもたらすものであり、その影響は、大きいというべきである。」とした審決の判断に、誤りはない。
3 共通点(4)に関する原告の主張について
原告は、「(ヘ)先端部分が半円状のブラケットの基端部の幅につき、本願意匠においては、基端部が底面に現れるケース本体部とケース底部の境界である輪状の周側面のほぼ接線面に上方視末広がり状を成している結果(別紙原告主張図面(a))、その幅は、ケース部の直径幅と近似しているのに対して、引用意匠においては、基端部がケース部外端からそれぞれ略4分の1の位置において平行状であるため(別紙原告主張図面(b))、その幅は、ケース部の直径幅の略2分の1である点」を、審決が認定した以外の差異点(ヘ)として主張し、この点を考慮すると、ブラケットに関して審決が認定した共通点(4)は「軽微」なものにとどまると主張する。
しかしながら、「ブラケットにつき、左右のブラケットのケースの直径方向の各長さ、各厚さ及び各幅が近似し、さらに一方のブラケットの先端部分の輪郭が半円状を成し、その中心位置に小円孔を穿っており、他方のブラケットの先端部分が角丸コ字状の輪郭を成し、その先端直線部の中央に半円形の切り欠きを現している点」が、本願意匠と引用意匠との間で共通するとした審決の認定(共通点(4))自体に誤りがあるとは認められない。そして、審決は、ブラケットに関して(ロ)の差異点があると認定しているところ、その差異点の認定の中には、原告が主張するブラケットの基端部の幅について触れていないが、「本願意匠は、上方視裾広がり状を成しているのに対して、引用意匠は、平行状である」とした(ロ)の差異点の認定には、原告主張の上記の点も含まれているものと解される。したがって、審決が、(4)の点を共通点の一つとして認定し、類否判断における影響の程度を判断した点に、誤りはなく、「ブラケットの形態の半分以上を占める態様の共通点であって、全体からみれば小さからぬ部分の共通点であって、その影響は、軽微以上のものというべきである。」とした判断内容にも誤りがあるということはできない。
なお、原告の準備書面中には、本願意匠及び引用意匠の図面には、寸法が示されていない以上、長さ、厚さ、幅が近似しているかどうかは不明なはずであるとの主張部分もあるが、審決が長さ、厚さ、幅に言及しているのが、各意匠の全体における比率についてのものであることは明らかである。
4 共通点(5)及び(6)に関する原告の主張について
前記1の(2)で認定したように、広く回転ダンパーにおいても、少なくとも外形上歯車がないものも存在するのであり、意匠の美感において、歯車があるか否かも類否判断に影響を及ぼすものというべきである。
歯車の本数及び二段重ね台形状の各形状がほぼ一致し、歯車の中心部に、上方視短辺を弧状に膨出させた横長方形状の軸体を現しているとの共通点(5)について、審決は、「主要部の具体的な形状の共通点であって、全体の中で相当に大きな面積を占め、視覚的に強く訴えるものであり、その影響は、かなり大きいというべきである。」とするところ、この審決の判断を誤りとする原告の主張は、歯車がダンパーに当然にみられる必然的な機能的形態であるとして、歯車部分を捨象したその余の部分のブラケット部分の具体的態様の相違に関する美感をもって、意匠の類否判断をするべきであるというものであるから、その前提において理由がないというべきである。
歯車ベースにつき、略円板状の対向周部を平行直線状に切り欠いているとの共通点(6)について、「さほど大きな部分の共通点ではないが、視覚上共通感をもたらしており、その影響は、相当なものである」とした審決の判断を争う原告の主張も、同様、歯車がダンパーの機能的形態であることを前提にするものであるが、同じく、その前提において理由がない。
5 差異点に関する原告の主張について
原告は、先端部分が半円状を成していない方のブラケットにつき、本願意匠は、左右辺部に円弧状の切り欠きが設けられ、しかも、円弧における仮想の弦が上方視末広がり状を成し、先端直線部の中央の半円状の切り欠きと相俟って、全体として小鳥の嘴状となっている点をもって、引用意匠との差異点(ハ)′であると主張する。しかしながら、原告がここで主張する部分の本願意匠のブラケットは、審決が認定したように、先端部分が角丸コ字状であり、左右辺部に円弧状の切り欠きが設けられていることは明らかであるが、別紙本願意匠図面の平面図及び底面図からみて、左右辺部の円弧状の線が円弧状態のまま更にケース部に向かって延びる印象を与えるのであり、このことからすると、原告が別紙原告主張図面の(A)及び(a)をもって主張するように、このブラケット部分に小鳥の嘴状の形態を看取するのは困難である。
原告はまた、本願意匠は、引用意匠とは異なり、先端部分が半円状のブラケット側については、ケース部と相俟って力強さや堂々たる安定感を与える一方、他方のブラケットについては、先端部分が半円状のブラケット側の上記安定感を一層引き立たせると同時に、だるま人形のようなコミカルでかわいらしい感じを両立させているとし、ダンパーの輪郭に流麗なスマート感や方向感を醸し出していると主張する。しかしながら、この主張は、別紙原告主張図面の(A)に基づき、本願意匠の平面図ないし底面図の輪郭線だけを強調してするものか、同図面の(a)に基づき仮想の一点破線に基づいてするものであって、引用意匠と対比するのに適切ではないというべきである。さらにいえば、見方によっては、本願意匠から原告主張のような印象ないし美感が生じるというなことをすべて否定するものではないかもしれないが、そのような印象等が一般的に看取され感得されるものとはいい難く、また、それが両意匠の美感の差として際立っているものということもできない。
他に、差異点(イ)ないし(ホ)の「差異点がまとまることによって相乗的な効果が付加されることを考慮したとしても、上記差異点の全体としてのその影響は、軽微以上のものとは認められないものである」とした審決の判断を誤りとすべき事実関係を認めることはできない。
6 総合判断
上記検討を踏まえて、本願意匠と引用意匠を全体的に観察し、両意匠の共通点及び差異点を総合的に対比してみるに、ブラケット部分の態様の差異から生じる印象等につき原告が主張するところを考慮しても、差異点が共通点を凌駕しているものと認めることはできず、両意匠が類似するものとした審決の判断を誤りとすることはできない。
第6結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)
<以下省略>